どうしてほしいの、この僕に
 そうすれば犯人は満足するはずだ。そして問題にけりがつく。
 ——優輝と一緒にいることが気に入らないのかな。だとしたら犯人は、私が居候をしていると知っている?
 友広くんには、ばれているかもしれない。
 でも彼が犯人だと断定できる要素は今のところない。だけど何かを知っている。
 ——友広くんは共犯者ってこと? 首謀者はほかにいる?
 姫野明日香の名前を出したとき、友広くんは首を横に振った。
 もし明日香さんではないとしたら、脚本家のサイティさんがあやしいけど……。
 こちらも断定できる要素がない。
 ——優輝に相談したほうがいいんだろうけど、ね。
 シャワーを止めて、ふぅと大きなため息をつく。
 優輝に相談すれば、前回同様、自らを犠牲にしてでも私を守ろうとしてくれるかもしれない。
 ——だけどそれが犯人の気に障っているんじゃないか?
 もし優輝の熱狂的なファンが犯人ならば、私を激しく憎悪するだろう。ただ、それだと以前優輝を脅迫していた理由がうまく説明できないのだけど。
「やっぱりわかんないや」
 私がいくら考えたところで事態が好転することはなさそうだ。
 となると結局何かが起こるのを待つしかない。
「あー、嫌な感じ。もう、なんなの、いったい!」
 大声は出せないので、口の中でぶつぶつ文句を言って、心の中にたちこめた濃い靄を少しだけ吐き出した。

 優輝にあやしまれることなく1週間が過ぎ、撮影も後半戦に入った。
 友広くんの脅しはいったいなんだったのだろう、と首をかしげたくなるほど何も起こらない毎日が過ぎていく。
 ドラマの劇中では優輝が演じる主人公と私が演じるヒロインの距離が急速に近づき、それまで表情の変化が少なかったヒロインに柔らかさが求められるようになっていた。
 スタジオ入りした私に、西永さんが声をかけてきた。
「未莉ちゃん、今日は少し笑顔を出していこうか」
「あ……そ、そうですね」
 そろそろ来ると覚悟していたが、ついにこの時が訪れた。
 ごくりと喉が鳴る。
 それにはまったく気がつかない様子で西永さんが続けた。
「今日、脚本のサイティが見に来ているよ」
 ——え?
 さりげなく視線を巡回させると、セットの脇でディレクターと立ち話をしているサイティさんの姿を発見した。今日は全体的に黄色い衣装だ。明らかに出演者より目立っている。
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