どうしてほしいの、この僕に
「サイティさんは西永さんのお知り合いですか?」
 こんなチャンスはめったにない。思い切って質問する。
 西永さんはご機嫌らしくスラスラと答えてくれた。
「ああ、彼女はうちのスタッフだよ。もともと脚本家志望で、ずっと書かせていたんだけど、ようやくドラマ化にこぎ着けたところ。未莉ちゃんと同じで駆け出しさ。あ、同じといえば彼女も昔、モデルをしていたんだ」
 ——サイティさんがモデルの仕事をしていた!?
「それで変装しているんですか?」
「うーん、彼女がいうには脚本家サイティはオリエンタルなイメージらしい。ちょっと変わった子だろ?」
 西永さんは苦笑いした。
 確かにちょっとどころか大いに変わっている。でもこれで竹森さんがサイティさんと同一人物であることはほぼ確定だ。しかも以前はモデルだった。同年代なら私のことを覚えている可能性がある。
 ——私、彼女に恨まれるようなことをしたのかな?
 同じ雑誌で仕事をしたことがあれば多少なりとも記憶に残っているはずだけど、サイティさんには見覚えがない。
 悶々としていると、いつの間にか優輝がそばに来ていた。
「今日は一段と難しい顔をしていますね。これから笑わなきゃいけないのに大丈夫ですか?」
 爽やかな笑顔で嫌味を放つこの男にすぐさま反撃したいけど、悔しいことに全然大丈夫じゃない。
「どうすれば笑えますか?」
 私はやや本気で尋ねた。
 優輝は目を細める。
「うれしかったことを思い出してみたら?」
 おお、意外にも真面目なアドバイス!
 私が目を丸くしていると、優輝は急に眉をひそめた。
「変なことを言ったかな?」
「いえ、守岡さんもうれしいことを思い出して笑顔を作るのかな、と思って」
「ああ、僕は楽しいことを思い浮かべるね。海外旅行とか。撮影の種類で思い浮かべる内容は変えるけど」
「海外旅行……ですか」
「柴田さんは旅行好き?」
 優輝は屈託のない笑顔で訊いてくる。
 私は声のトーンが変わらないように細心の注意を払った。
「海外は両親と一緒にハワイに行ったことがあるだけで……」
 遠い記憶がかすかに呼び起こされるが、10年も前の旅行となると断片的な風景しか出てこない。そういえば写真もこの前の火事でなくなってしまった。時は残酷なもので、私から両親とのつながりをひとつふたつと奪っていく。
 期せずして深いため息が漏れた。
「そっか」
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