どうしてほしいの、この僕に
 不気味ではあるが、気にしていても仕方がない。実際、私ができることといえば、この先私たちの身に災難が降りかからないよう祈るくらいなのだ。
 優輝と過ごす貴重な時間を不穏な話題でつぶしたくはなかった。だから不安がどんなに膨らんでも、私ひとりの心の中に閉じ込めておくしかなかった。
 そんなときに、思いもよらぬ方向から連絡が入った。

 スペシャルドラマの制作発表が翌日に迫った夜、優輝と私はすき焼きを囲んでいた。早めに帰宅できるから、と優輝が高級肉を買ってきてくれたのだ。
 当たり前のことだが、お高い肉は柔らかくて甘い。そして野菜もたくさん食べられる。なんという幸せ。
 それにひとりの夕食ですき焼きを作ろうとは思わないので、すき焼き自体が数年ぶりだった。
「すっげー幸せそうだな」
「ええ、それはもう」
 溶き卵に浸した肉をほおばった瞬間、軽快な電子音が部屋に響いた。優輝のケータイだ。
 彼はケータイを耳に当て、廊下へ向かった。どうやら事務所からの電話らしい。仕事のことかと思っていたら、急に優輝が語気を荒げた。
「僕はたとえ身内であっても絶対に会わないと言いましたよね?」
 そのセリフに胸の内がスッと冷える。
 ——身内? 絶対に会わない!?
 とても嫌な予感がした。と同時に後ろめたくて肉がのどを通らなくなる。
 ——お父上かな。……だといいのだけど。
 私の願望が現実になることをひたすら祈りながら優輝の様子を窺うが、彼は急に黙り込んでしまった。
 背筋に悪寒が走る。
 ——まさか、というかやっぱりあの人!?
 故郷で最後に話をした小柄な女性の名が脳裏に浮かび上がる。山口沙知絵さん。
 ——ど、ど、どうしよう。もしや、彼女が押しかけてきた、とか?
 もし私が律儀に彼女の伝言を伝えていたとしても、きっと優輝は帰省しなかっただろう。それならわざわざ伝えて優輝の機嫌を損ねる必要はないと思ったんだけど……。
「ごめんなさい!」
 通話を終えた瞬間、先手必勝とばかりに私は頭を下げた。
 優輝がフッと笑う。
「なぜ未莉があやまる?」
「だって、沙知絵さんから優輝に伝言を頼まれていたのに、伝えなかったから」
「よく今の会話だけで沙知絵のことだとわかったな」
 その言葉は稲妻のように私の心を直撃した。
 確かに大胆にフライングしたのは私だ。
< 201 / 232 >

この作品をシェア

pagetop