どうしてほしいの、この僕に
 優輝が笑いながら私の頭を撫でる。
「未莉が不安になるようなことは何もないのに」
 私は頷いた。急に照れくさくなる。
「ただ言いたかっただけなの」
「嬉しいよ。俺も未莉しか好きじゃない。未莉以外ほしくない」
 顎を持ち上げられた瞬間、彼と目が合う。彼の瞳の中に欲望の光が揺らめいた。
「今すぐほしい」
 降ってくるキスを受け止めて、私は彼にすべてを委ねた。

「途中はどうなることかと思ったけど、本当によかったわね」
 スペシャルドラマの制作発表は都内のホテルで行われる。姉と私は早朝からタクシーに乗り込み、会場へと向かっていた。
「うん。これも全部お姉ちゃんのおかげだね」
「あら、彼のおかげでしょ?」
 姉は意味深な笑みを浮かべて私を見た。
 ここまでくると否定するほうが不自然なので渋々認める。
「ま、まぁ、あの人にかなりお世話になったのは間違いない」
「ほら、私がお節介をしてよかったでしょ?」
 それには素直に頷くことができず、私はひそかに顔をしかめた。
「お姉ちゃんはいったいどういうつもりなの?」
「どうもこうも、すべては未莉の夢を叶えるためよ。彼は協力したいと自ら申し出たの。それで、彼は約束を守ってくれたのかしら?」
「約束?」
 そういえば優輝と高木さんの会話の中にも『約束』という単語が出てきたことがあった。確か高木さんが優輝に「約束は守っているだろうな」と詰問していたはず。あれは姉との約束のことだったのか。
「そうよ。未莉が夢を叶えるのを見届けるまでは……」
 姉はそこで一旦言葉を切ると、タクシーの運転手に配慮したのか、私の耳元に顔を寄せた。
「未莉を女にしない」
 小さな声だったが、はっきり聞こえた。
 私は目をぱちぱちさせることしかできない。
 ——それが『約束』!?
「そんなこと、約束しなくたって、何もあるわけないじゃない」
 動揺をひたすら抑え込み、嘘を真実らしく口にする。私は女優だ。これくらい平気でできて当然なのだ。
 姉は不満げに口を尖らせた。
「あら、そうなの? てっきりもう何かあったのかと思っていたわ」
 ——くっ、……言えるわけないし。
 その約束を破るとペナルティがあるのだろうか。気になるけど、気にしすぎると姉にあやしまれるし、つっこまれたら嘘をつき続ける自信がない。私は黙ってこの話題に興味がなくなったふりをした。
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