どうしてほしいの、この僕に
 サイティさんは私に向かって噛みつくように言い放った。ナイフを持つ手を少しでも私のほうへ近づけようと渾身の力を振り絞っているが、高木さんが背後から抑え込む。
 優輝が背にかばってくれているものの、私は金縛りにあったように身動きができなくなっていた。
「未莉があなたに何をしたというの?」
 姉が私の前に進み出た。サイティさんはますます怒りを募らせ、獣のような唸り声を上げて身をくねらせる。
「目障りだ! 私の人生から消してやる!」
「サイラ、いい加減にしないか。そんなことしたらサイラの人生が終わる」
 友広くんはタイミングを見計らってサイティさんの腕をつかみ、ナイフを叩き落とした。すぐさまそのナイフを足で蹴って遠くへ滑らせる。それを優輝が拾い上げた。
「わたくしが預かります」
 管理人が素早い身のこなしで優輝からナイフを受け取り、別荘の奥へ消えた。
 気がつけば、私と姉は互いの体をぎゅうぎゅうと抱きしめていた。姉がホッと力を抜いたので、私も大きく深呼吸したが、この数分間のできごとをどう解釈すればいいのかわからず、ただ瞬きを繰り返す。
「どうして今になって私の邪魔をするの? もしかして和哉もその女に情が移った?」
「違う。サイラにこれ以上罪を重ねてほしくないだけだ」
 友広くんはなおもジタバタするサイティさんに再度近き、高木さんから奪い取るようにして両腕で彼女を拘束した。
「離せ! 私はこの女が痛い目にあって、世間にみじめな姿を晒すところを見たいんだ。オーディションでの無様な姿、世界中の人たちに見せて回りたいわ。今度のドラマも視聴者からブーイングが殺到すればいい。このドラマが失敗したのは柴田未莉のせいだ、と騒ぎ立てるのよ。そして……」
「ハハハ。見事に歪んだ思考の持ち主だ。しかし残念ながらあなたの思いどおりにはならないでしょうね」
 突然、優輝が笑いながら割り込んだ。
 サイティさんが目を剥いたところで、玄関のドアが慌ただしく開いた。
「おいおい! 和哉、いったい何事だ!?」
 焦っているのだろうが、どこか呑気な響きも感じられる声だ。
 ドアが開き、そこに現れたのは成田プロの社長だった。彼の後ろからなぜか沙知絵さんが顔を覗かせる。
「えっ」
 優輝が小さく声を上げたのを、私は聞き逃さなかった。
「誰よ? あの人呼んだの……」
< 209 / 232 >

この作品をシェア

pagetop