どうしてほしいの、この僕に
 サンドイッチを飲み込むと、優輝のほうへ視線を向けた。彼は高木さんと小声で言葉を交わしていたが、何かに気がついたように私を見る。
 ——どうして……私には教えてくれないの?
 優輝の心がわからない。
 やっとお互いの気持ちが通じ合ったと感じたのは、私の一方的な勘違いだったのだろうか。
「未莉。飲み過ぎ、食べ過ぎには気をつけて」
「……は?」
 優輝は意地悪い表情で笑ったかと思うと、すぐに真顔に戻り、沙知絵さんとともに大広間を出ていった。
「見送らなくていいんですか?」
 友広くんの声で我に返る。
「別に、どうでも……」
 ——どうでもいい……なんてこと、あるわけない。
 だが、優輝が沙知絵さんと一緒に去っていく場面など見たくないのだ。
「あの女性、彼の幼馴染ですか? サイラの前でひとことも発しなかった。賢いですね」
 感心したように友広くんが言うのを、姉が笑って受け止める。
「当たり前よ。計算高くなければ、こんなところまで乗り込んでこないわ」
「私はこんなところに来たくなかった」
 心の中でくすぶる不愉快な感情を抑えて静かに言うと、テーブルの向こう側で友広くんが唇を噛んでうつむく。
 大広間に戻ってきていた高木さんが、姉と私の肩をポンと叩いた。
「じゃ、俺たちも帰ろうか」

 いつも優輝が座っているシートに腰を落ち着けた。
 どんよりと曇った空からぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。窓に走る水滴のラインを、内側から指でなぞってみた。車のスピードに耐えようとぶるぶる震える雨のしずくがまるで自分のようだった。
 しばらく黙っていた姉が、不意に昔話を始めた。
「本当は資金援助の条件で成田プロから要求されたのは、未莉——あなただったの」
 窓をなぞる指が止まる。
「でも未莉をあの社長に渡すことはどうしてもできない。そんなときに守岡くんが私を訪ねてきたのよ」
 優輝は私の身代わりで成田プロに入ることを了承したらしい。社長も優輝を気に入って、姉の事務所グリーンティはなんとか持ちこたえた。
「守岡くんと私は、未莉の夢を叶えたいという点で同志だった。彼は進んで協力を申し出てくれたわ」
「あ、そう」
 私はわざとそっけなく返事をした。
 ——そんなことはどうでもいいよ。知ったところで過去は変えられないのだから。
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