どうしてほしいの、この僕に
 今さら過去のことを恩着せがましく説明されても感謝の気持ちはない。むしろ私のあずかり知らぬ場所で勝手な画策をしないでほしかったというのが本音だ。
 助手席の姉が肩越しに私を振り返る。
「怒っている?」
「……だって、いつも私には何も教えてくれないんだもの」
「そうね。悪かったわ」
 姉は前を見て「でも」とつぶやくように言った。
「未莉は他人の好意を素直に受け取らないんだもの。事前に説明したら、おそらく逃げ出すでしょ?」
 ギクッとしたが、つとめて平静を装う。
「そんなことないよ」
「あら、そう?」
 私の心の内を見透かすように姉は肩をすくめた。
 それから何かを確認するように、運転席の高木さんへ視線を送る。
 高木さんが静かに頷くと、姉は改まって切り出した。
「私、あのマンションを売ろうと思っているの」
「……えっ?」
 一瞬、姉の言葉の意味がわからず、頭がぼうっとなった。
「私たち、新しいマンションを買うのよ。セキュリティも以前より強化されているし、この際未莉も同じマンションの別の階にでも住めばいいと思ってね」
「……いや、ごめん、意味がわからない」
 ——だから、なぜ勝手に決めるんだ!
 若干鼻息を荒くしながらも、しかし私が今いるマンションの所有者は姉であった、と思い出し愕然とする。
 ——しかも私、家賃払っていない……!
 残念ながら私は堂々と文句を言える身分ではないらしい。
 それに海外へ拠点を移すとなると、優輝にはもうあのマンションは不用だ。
「未莉が心配なのよ。あなたはまた狙われるかもしれない。今までは守岡くんが一緒だったからよかったけど、これからは私の目の届くところにいてもらわないと困るわ」
 姉のいうことはもっともだった。竹森サイラの脅威が完全になくなったわけではない現状でひとり暮らしは怖い。
 覚悟を決めて、問う。
「守岡優輝はこれからどうするの?」
 姉が大きく目を開き、数度瞬きを繰り返した。
「守岡くんは、私との約束を違えたから罰を受けるそうよ」
「……約束」
 私は姉よりもさらに大きく目を見開いた。
 助手席の姉は、フロントガラスに向き合うと小さく首をかしげた。
「未莉と守岡くん、どっちが嘘つきなのかしら?」
 ——そんな……!
「海外へ進出するのが罰? そんなの変じゃない?」
 もはや考えるより先に言葉がほとばしる。
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