どうしてほしいの、この僕に
 というのも、ありがたいことに仕事が順調で、主役級ではないものの出演したドラマは単発を含め3本、映画は2本、そしてコマーシャルは5本となっていた。これは私の実力というよりもマネージャーを引き受けてくれた高木さんの力によるところが大きい。
 そして今は連続ドラマの仕事で毎朝7時半にはスタジオ入りしている。朝に弱い私だが、遅刻したことはない。
 シャワーを浴びて冷蔵庫を開ける。
 パックに詰められた野菜とハム、そしてチーズを取り出し、食パンに挟んでほおばった。
 最後に牛乳を飲み、小さく手を合わせて「ごちそうさま」とつぶやく。それから本格的に外出の準備に取りかかった。

 夜8時に撮影が終わり、高木さんの車で帰宅した。
 ここのところ私は帰宅時にまず姉と高木さんの部屋に顔を出すことにしていた。
「ただいま」
「おかえりー。お疲れさま」
 続いて廊下の向こう側から姉の「よっこいしょ」という掛け声が聞こえる。
「あーお姉ちゃん、いいよ。座っていて」
 姉はお腹が大きくなっていた。もうすぐ母になるのだ。
「いやいや、少し動いたほうがいいらしいよ」
 笑いながら高木さんが言う。彼も来月にはパパになる。
「ふたりともご飯、食べるでしょ?」
 キッチンのほうからいい匂いがした。今晩はカレーライスのようだ。
 姉がキッチンに立って料理をするなんて、以前は想像もつかない光景だったが、今ではその姿もなかなか板についてきたように思う。
「いただきまーす」
 頬張ったカレーライスは昔、母が作ってくれた味によく似ていた。
 カレーだけではない。姉の作る料理はどことなく母の味を思い出させるものだった。
「お姉ちゃん、料理上手になったよね」
「あら、私だってやればできるのよ。それに最近食欲がすごくてね。食べたいから作るのも楽しくて」
 シャープだった頬のラインが、少しふっくらしてきたのはそのせいなのだろう。でもとても健康的だし、性格も少しだけ丸くなったような気がするから、とてもいい傾向だと思う。
「そういえば、赤ちゃんが生まれてからはどうするの? しばらく家事なんかできないでしょ? 料理とか手伝いたいけど、私も仕事があるし……」
 最近ずっと気になっていたことを口にした。
 高木さんがスプーンを置いて「そのことなんだけど」と私のほうを向いた。
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