どうしてほしいの、この僕に
「俺の実家で厄介になろうと思っていてね。もしひとりになるのが不安だったら未莉ちゃんの部屋も用意してもらうけど、どうする?」
「え、いや……いくら高木さんのご実家が豪邸でも、それは遠慮させていただきたく……」
「遠慮なんてしなくていいよ。未莉ちゃんも家族なんだからさ」
 高木さんの実家は環境のいい、都心から少し離れた場所にある。敷地は学校ひとつ分ほどもあり、一族の数世帯がそれぞれ独立した建物に暮らしていると聞く。
「あら、未莉はもう、ひとりでも大丈夫よね?」
 姉が高木さんを牽制した。
 私は首が取れるくらいブンブンと上下にふる。
「そっか。うちの親は未莉ちゃんの大ファンだから、来てくれると喜ぶと思うけどね」
「じゃあ、赤ちゃんが生まれたらお邪魔させていただきます」
「うん。ぜひぜひ」
 爽やかな高木さんの笑顔を見て、家族っていいな、と思う。
 スーパーモデルとして海外で活動していた頃の姉には家族なんて邪魔なだけだったかもしれない。
 でもここで食卓を囲んでいる姉の表情は当時にはなかった柔らかさがある。それが加わった姉の美しさは、まるで聖母のようだ。
 ——悪魔のような姉も、素敵な旦那さまのおかげで、すっかり変貌したよね。
 そんなことを考えているうちに、急に気持ちが高ぶってしまった。
「やだ、何、泣いているのよ」
 姉が慌ててティッシュを差し出してくる。
「いや、なんか、お姉ちゃん、幸せになったんだなーと思ったら涙が……」
「未莉もこれからよ」
「そうだよ。仕事も順調だし、未莉ちゃんはこれからもっともっと幸せになれる」
 私は涙を拭って曖昧に微笑んだ。
 だって今でも私は十分幸せ者なのだ。
 あれから姫野明日香はバラエティに進出し、女優業はすっかりご無沙汰だ。キャラを活かしてテレビでの露出は多くなったが、路線変更せざるを得なくなったのは自身の演技力のせいだと世間では噂されている。
 姫野明日香が努力していないとは思わない。いや、むしろ私の数倍は努力しているはずだ。それでも届かなかったり、認められなかったり——努力すればすべてうまくいく、というものでもない。
 だから女優としての仕事を認められ、次に繋がっている私は、紛れもなく幸せ者なのだ。
 そう考えると、これ以上の幸せを望むのは罰当たりなんじゃないか。
 弱気になりかけたそのとき、姉が「そういえば」と言い出した。
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