どうしてほしいの、この僕に
 昼過ぎに優輝の部屋へ戻ると、マネージャーの高木さんが来ていて、優輝の旅支度が終わるまで買い物に出ようと誘ってくれた。
 この高級マンションから一番近いスーパー、それからドラッグストア、万が一のときのための病院——当面の生活に必要と思われる近所の施設を案内してもらう。
「でも私、優輝が戻ったらすぐ新しい部屋に引っ越すつもりです」
 歩きながらそう言うと、高木さんは爽やかな笑顔を見せた。
「紗莉さんのいうとおり、未莉ちゃんはしっかり者だね」
「そうでもないです。優輝に『火事になるようなマンションに住むな』と言われたけど、そんなところにしか住めないのは、私がしっかりしていないからなんです」
 私からすべてを奪った叔父の顔が脳裏に浮かんだ。そしてつい、あんなことさえなければ、と考えてしまう自分にも嫌気がさす。
 そのとき頭上でフフッと笑う声がした。
「俺としては、あの部屋に未莉ちゃんがいてくれたら安心なんだけどな」
「安心、ですか? それはどういう……」
「優輝はああ見えてメンタルが弱いから」
「えっ、そうなんですか?」
「特に収録中はクールダウンができないらしくて、突然ひどく気落ちしたり、急にハイテンションになったり、夜ひとりにするのが心配なときもあるよ」
 高木さんは憂いに満ちた表情でため息をついた。
 そういえば昨晩も足を洗おうとしてくれたときとか、変にテンション高かったかも。
 やっぱり演じる役に入り込んでいると、帰宅してもスイッチを切って素に戻るみたいに、簡単には切り替えられないのだろう。俳優は大変な仕事だな、とあらためて思う。
 ついでに私とふたりきりのとき、優輝の口調が変わるのも何か関係しているのかもしれない。
 それにしても、夜ひとりにするのが心配……って、そんなに落ち込み方が激しいのだろうか。発作的に死にたくなったりする、とか?
 私は自分の考えにドキッとして、慌てて高木さんを仰ぎ見た。
「それは心配ですね」
「未莉ちゃんも遠慮することないよ。あの部屋は紗莉さんのものなんだし」
「それはそうですけれども、今は優輝が住んでいるので、私がいるのは問題が多いかと」
 姉と優輝の関係を思うと、やはりさっさと出ていくのが正解だろう。もしかすると優輝のメンタルが不安定なのも、姉のせいなのでは……?
「うわぁ! 姉妹で迷惑かけてごめんなさい!」
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