どうしてほしいの、この僕に
「いや、それは私の夢だから、私ががんばってかなえるしかないと思うけど」
『違うわ』
 やけにきっぱりと否定する姉の声に、私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
『せっかくオーディションへ招待してもらったのに、未莉が落選したのは事務所の力が弱いからよ。笑顔なんか関係ない。私の力不足が原因なの』
「お姉ちゃん……」
 そんなことを考えていたとは思いもよらなかった。でも落選したのは私に笑顔がないせいだ。西永さんがそう言ったのだから間違いない。
「お姉ちゃんのせいじゃな……」
『ねぇ、チャンスだと思わない?』
 またもや私の慰めなどあっさり無視して、姉は小悪魔のように囁いた。
「何が?」
『守岡くんよ。しばらく彼と一緒に過ごしたら、ものすごく勉強になると思うの』
「ちょ、ちょっと待って。私は優輝がロケから戻ってきたら、新しく部屋を借りるつもりだよ。彼と一緒に住むなんて無理!」
『私はもう未莉の保証人にはならないわよ』
「えっ、なん……で?」
『だって未莉がそこにいてくれたほうが、私も安心だもの。守岡くんもそのつもりでいるから安心してちょうだい』
 安心——できるわけないでしょう!
 まぁ確かに、ひと晩同じベッドで一緒に眠ったけど手を繋いだだけで、ほかには何もありませんでしたよ。がっかりするくらい、何も、ね。
 だけどそれだけでこれからも安心だなんて言い切れないのでは。それに恋人でもなんでもない私が、守岡優輝と一緒に住んでいることが知れたら、全国の女性ファンから袋叩きにあっても文句は言えまい。
 ついでに、姉が聞き捨てならないことを言った気がする。
 優輝が私との同居を了承している——?
「守岡優輝もそのつもりでいるって、どういうこと?」
『あ、ごめん。そろそろ切るね』
 電話の向こうが、がやがやと騒がしくなった。姉はまだ仕事中だったのかもしれない。姉の返答を聞けないままそっけなく「ありがとう」と言って、慌ただしく電話を切った。
 この人に訊こうとしたのが間違いだった。静かになった部屋の中で私はしみじみ思う。となると、あとは優輝に突撃するしかない。
 姉はいつも自分勝手だ。都合のいいことばかり並べて、私の話を、私の気持ちを聞こうとはしない。
 それでもやっぱり彼女を嫌いにはなれない自分がいる。どんな姉でも、私にとってはたったひとりの姉だから。
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