どうしてほしいの、この僕に
 向かい側で優輝がため息とともに箸をおき、コップを手にする。水を飲み干すと視線を落とし、観念したように静かに口を開いた。
「以前僕が住んでいたマンションに脅迫状が届いた。僕を追い出さないならこのマンションを爆破すると書いてあり、それが全戸に配られていた。他の住人に迷惑はかけられないし、犯人の目をくらます必要もあったから、急いで引っ越さなくてはならなかったんだ。そこに手を差し伸べてくれたのが紗莉さんだった、というわけ」
「ふーん。じゃあ犯人が成田プロの関係者かもしれない、というのも本当?」
 成田プロというのは優輝の所属している大手プロダクションのことだ。ということは、優輝は同じ事務所内の人間から脅迫されていた——?
「わからない。脅迫状自体は何通ももらっていて、その内容が関係者でなければ知りえないことも含んでいたから、可能性は高いけど、断言はできないね」
「警察には届け出ていないの?」
「社長から『待て』と言われた」
 そこで優輝は「まるで犬みたいな扱いだな」と自らを嘲笑った。
「でもそれ犯罪でしょう」
 私は自分の声の大きさに驚いた。だけどどうしても言わずにはいられなかったのだ。
「そんなの許したらダメでしょう」
「僕だって許す気はない」
 私に負けじと声を張り上げた優輝は、続けてきっぱりと宣言する。
「絶対許さない。犯人は必ず僕がつかまえる」
「あの……盛り上がっているところ、悪いんだけど……」
 柚鈴が苦笑いを浮かべて口を挟んだ。
「匿名の脅迫状をもらうような危険な男の部屋に、未莉がいても大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫。引っ越してからは脅迫状が来なくなった」
「そうなんだ。なんでだろう? もう満足したのかな」
 私は発芽玄米のご飯を噛みしめながら、柚鈴の言葉に首を傾げた。他人を脅迫する犯人の気持ちなどわかるはずもないが、そこまで大がかりな脅迫をしておいて、あっさりと満足するものだろうか。
 優輝が私を見ながら言った。
「いや、狙いを変えただけかもしれない」
 ——狙い?
「僕に恨みがあり、困らせて陥れたいヤツだ。僕の弱みを見つけたら、当然それを狙うだろうね」
「えー、守岡くんに弱みなんかあるの? 隙なんかどこにもなさそうだけど」
 柚鈴がからかうように言った。それには私も激しく同意する。
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