どうしてほしいの、この僕に
 長い指が私のあごをすくい上げたかと思うと、唇が重なる。もうはじめてのときみたいに知らない感触じゃない。それが嬉しいような悲しいような気分だった。だって優輝とキスするのは嬉しいけど、はじめての後は次のキスをいつでも待ち望んでしまいそうだから。
「どうして泣きそうになっているわけ?」
 優輝はこつんと額をくっつけてきた。彼の柔らかい前髪を額で感じる。
「それはきっと、幸せだからです」
 言いながら、確かに私は泣きそうな気分だ、と思う。
「じゃあ、もう少し幸せそうな顔しろよ」
「それはちょっと難しいかも」
 すると優輝の顔が遠のいた。急に鼻の奥がツンとして涙があふれ出す。
「未莉はまだ泣き足りないんだな」
 優輝はよしよしと私の頭を3回撫で、その後は自分の胸に押しつけた。こぼれた涙は優輝のパジャマに沁み込んだけど、彼は何も言わずぎゅっと抱きしめてくれた。
 優輝の胸は温かい。じっとしてその胸に響く心臓の音を聞いていると、私の呼吸も自然に深くなる。でも心拍数が普段の倍になっている私とは対照的に、優輝は憎いくらい平静で、この状況にドキドキしているのはどう考えても私だけだった。
 つまりこれは、慣れているか、そうでないかの差なのだ。
 動揺しているのは私だけなんだ。優輝にとってキスなんか大したことじゃない。それは間違いない。
「これもからかわれているのだと思えば、泣きたくもなりますよ」
 ひとことで言えば癪に障った。そしてひとりだけドキドキしているのが、恥ずかしくて惨めだった。強気な私を取り戻すために精一杯の虚勢をはった。
 その瞬間、わずかに優輝の身体がこわばった気がする。その微妙な変化に私もドキリとした。急に彼の腕の中が居心地悪く感じられる。
「俺は最高に楽しいよ。未莉はからかいがいがあって」
 余裕たっぷりのセリフが私の肌の上を冷たく滑った。どうせならもっと致命的な言葉でこの身を切り裂いてくれたらいいのに、と思う。
 なのに、優輝は——。
「だからもう絶対逃がさない。余計なこと考えないで俺だけ見てろ」
 背中に回された腕が痛いくらい私を締めつけた。
 そんなに強く締めつけなくても、私は逃げることなどできないのに。彼が私に飽きて放り出す最後の瞬間まで。
 本当は優輝だって知っているんでしょう?
 いつまでも甘い檻に閉じ込められていたいと望む愚かな私の本心を——。
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