どうしてほしいの、この僕に
 はじめて優輝と一緒に眠ることになったあの晩、彼は確かにそう言って、だから『気兼ねせずに俺と一緒に寝れるな』と私をベッドに引きずり込んだ。……というのは誇張だけど……つまりあの発言は私を安心させるための方便だったのかな?
 誰とも付き合う気はないのに、『じゃあ今から未莉は俺の恋人な』なんて言われて、混乱しない人間はいないよ、普通。
 だから本気かどうか訊いたのに、『不満?』って……ずるい。その返答は反則だよ。 
 結局、私はどうやっても不利な立場なんだよね。優輝は私の情報を姉から仕入れ、何もかもお見通しで。情報を持っているほうが強いに決まっている。
 もし私が不満だと言ったらどうなるんだろう。他の設定に変更するとか? ……それはないか。
 なにげなく吊り広告へ視線を向けた私は、口を半開きにしたまま驚愕で固まった。目をこれ以上ないほど見開き、そこに書かれた文字を頭の中で何度も読み上げる。
「明日香と守岡、深夜の密会」
 女性週刊誌の広告だった。大きな活字が躍る横には「熱愛続行中」と丁寧に状況説明まで付け加えられているし、添付されているふたりの写真はいかにも人生楽しんでいますという表情なので、信ぴょう性が否が応でも増すわけで。
 でもこれはでっち上げられた記事なんだよね。
 そう自分に言い聞かせるが、1度目にしてしまった文字は脳に焼きついてうまく消せない。消したい部分を必死に擦れば擦るほど、自分の心を削っているような気がして惨めな気分になる。
 電車をおりた私は、売店の前で立ち止まった。
 明日香さんとの熱愛報道は事実無根だと言った優輝を疑うわけではない。だけどでたらめの記事だとしても、見過ごすことはできない。だって私は優輝の恋人——のはずだもの。
 吊り広告が出ていた女性週刊誌の上にさりげなくファッション雑誌を重ねて店員へ差し出した。そのとき隣に男性が並んだ。
「未莉さんが女性週刊誌を読むとは思いませんでした。ゴシップとか興味なさそうに見えたのにな」
 私は財布を開いたまま、隣の男性を見上げる。友広くんだった。
「これは……頼まれたの」
「へぇ。誰に? 一緒に住んでいる男に、ですか」
 友広くんの挑発には乗らず、代金と引きかえに雑誌を受け取ると無言で彼のそばを離れた。
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