どうしてほしいの、この僕に
 しばらく大した会話もせず、食事に没頭する。レストランのように周囲の視線やお行儀をそれほど気にしなくていいから、食欲という本能の赴くままに箸を動かした。
 優輝も黙々と食べている。
 やっぱり専門業者の作った料理は味つけがしっかりしていておいしい。
「優輝はたくさん稼いでいるだろうし、毎日デリバリーを頼めばいいんじゃない? 私が作るより絶対おいしいよ」
 ほぼ満腹になった私は軽い気持ちでそう口にした。
 優輝は一瞬、箸を止め、不可解な顔で私を見た。
「これを毎日食いたいとは思わないな」
「そう?」
「こういう味はすぐ飽きる」
「でもまずいものは出てこないでしょう。味つけに失敗するかもしれない私の料理と違って絶対安全だよ」
「未莉は自分に自信がないんだな」
「えっ」
 胸の奥に鋭い針が差し込まれたような痛みが走った。
「そりゃ、自信なんか全然ないですよ」
 いきなり断定されたことに動揺してしまって声が震える。
 優輝が箸を置いた。
「味つけを失敗しても、焦げていても、俺は食うよ」
「は?」
「未莉が作ってくれたものなら、たとえまずくても俺は食う」
 どうして急にそういう話になったのだろう。それにその発言、かなり恥ずかしくないですか?
 黙って座っていられないような気分の私とは対照的に、優輝は真面目な顔をしていた。
 本当にどうしちゃったの、突然。
「優輝にそんな料理は出せないよ」
 なぜか頬が火照るのを今すぐ両手で隠したい。だけど気持ちを知られるのは困る。そう思いながら小声で言った。それを知ってか知らずか、優輝はただじっと私を見つめている。
 妙な沈黙に息苦しくなったそのとき、頬に優輝の指が触れた。
「そういう顔されると俺もつらい」
「えっ?」
 彼の指が頬の輪郭をなぞる。
「我慢できなくなる」
「なに……、んっ」
 いきなり唇をふさがれ、質問を口にすることは許されなかった。唇を奪われるというのはこういうことかな、なんて考えていたら、優輝が低い声で言った。
「俺がキスだけで満足していると思っていたわけ?」
「そんなの……知らない」
 顔が近いだけでもドキドキするのに、掠れた声であやしいことを言われたら、頭の中がぼーっとなり、息も苦しくなってきて、胸がはちきれそうだ。
 だって優輝がキスだけで満足していないのだとしたら、もっとそれ以上を望んでいるということ?
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