どうしてほしいの、この僕に
 次の瞬間、まぶたが閉じた。そして私の視線を避けるように顔をそむけてしまう。
 なんなの、いったい。
 信号で停車した隙に、運転席の高木さんが振り返った。
「昨晩、一睡もしていないらしい」
「えっ……?」
「あら、寝ないで何をしていたのよ」
 姉が冷やかすような口調で言った。
「オールナイトで映画鑑賞だそうな」
「そういえば守岡くん、次の仕事は映画だったわね」
「未莉ちゃんも寝不足?」
 高木さんの問いかけに、私はなぜか気まずい思いで「いいえ」と答えた。だって、まずいよね、昨晩のあれこれを突っ込まれたら。
 深く追及されないことを祈っていると、姉が前を見たまま大きく頷いた。
「夜更かしは肌の大敵。徹夜なんてもってのほかよ。今日の未莉は肌がつやつやしているから、睡眠は充足しているみたいね。このままケアを怠らないように」
「……はい」
 さすがプロ。私は姉のアドバイスをありがたく胸にしまって、隣の席を盗み見る。
 それにしても全然気がつかなかった。どうして徹夜なんかしたのだろう。
「しっかし何やっているんだか」
 高木さんが呆れ声で言った。助手席の姉がクスッと笑う。
「彼はね、私に対して怒っているのよ」
「どうして?」
 私は思わず身を乗り出して、姉に尋ねる。
「オオカミさんのところに未莉を連れて行ったから」
 オオカミって西永さんのことかな。でも優輝がそんなことで怒っているとしたら、それってまるで——。
 ここまで考えた私の脳裏に昨晩の優輝のセリフがよみがえる。
『鈍感もここまで来ると罪だな』
 いやいやいや。優輝がまさか、ね。——まさか私のことを本気で好きだとか、ありえないし。
 だって人を好きになるには、何かしらきっかけや理由があると思うから。
 残念ながら、優輝の側にはそういうものが存在しない。だからこそ優輝は私に「恋人」と定義づけをしてくれたのだと思う。私の居場所を作るために——。
 そう考えると彼は優しい。なんかいろいろわかりにくい人だけど、根本にあるのは優しさなのだ。鈍感な私でもそれくらいは気がついている。
 しかし昨晩のアレはなんなんだ。相手には困っていないはずの男がなぜ私にあんなことするんだ!
「全然わかんない!」
「えっ?」
 姉が私を振り返った。
「あ、いや、なんでもない」
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