強引上司がいきなり婚約者!?
頭を下げて精一杯お願いしてみたのに、彼は悪魔みたいな微笑みを浮かべて優しく首を振る。
「却下です。口止料払っとかなきゃ、お互い不安だろ」
私はそれ以上この俺様上司に逆らう勇気もなくて、諦めて肩を落とした。
もともと彼の秘密を口外するつもりはない。
だから私にとって、この契約にはなんの不利もないはずだ。
これがきっちり履行されるなら、むしろ悩みを克服できるかもしれないし。
ま、いいか。
まだ昨夜のできたてホヤホヤな傷も癒えない、元来事なかれ主義な私は、そう納得してボールペンを握った。
"兎川 宗佑(うかわ そうすけ)"
それが彼の名前。
軽く息を吐き、その隣にペンを走らせる。
"小枝 志帆(こえだ しほ)"
これが私の名前。
私が名前を書き終えたのを確認すると、兎川さんはサッと契約書を取り上げた。
「契約成立だ。よろしくな、俺の仮想花嫁さん」
してやったりの敏腕営業マンが、満足そうに右手を差し出してくる。
私は一瞬ためらってから頷き返し、その右手をしっかりと握った。
たった今から私たちは互いの仮初めの恋人になる。
社内恋愛法度、施行の握手だ。