強引上司がいきなり婚約者!?
一、甲は乙に花嫁教育を施す
「……お前、まじか」
兎川さんがあんまり素で唖然とした声を出すので、私は唇を尖らせた。
「まじですよ。いいです、返してください。修行して出直しますから」
彼の手の中からお弁当箱を取り上げようとしたのだけど、その手をギュッと掴まれて阻止されてしまう。
「返しません。これはもう俺の」
肩の触れ合う距離でイジワルな笑みを向けられて、私は慌てて目を逸らし、彼の手のひらの中からサッと掴まれた手を抜き取った。
兎川さんと口止め協定を結んだ翌日、火曜のお昼。
私たちはこっそりビルの非常階段で落ち合い、さっそく恋人同士(仮)の密会をした。
彼の命令通り、徹夜で準備した手作りのお弁当を渡すためだ。
とはいっても、料理の苦手な私に突然素敵なお弁当を作れるほどのスキルがあるはずもない。
ついでに言えば、結局まともなお弁当箱すら見つからなかった。
というわけで、今朝炊き上がったお米でおにぎりを握り、それを並べてタッパーに詰めてきた。
「おかずはバナナね。気がきくな」
さすがに炭水化物だけじゃまずいと思って添えてみたバナナも、兎川さんの笑いを誘う材料になっているようだ。