強引上司がいきなり婚約者!?
私がキョトンとして目を丸くすると、兎川さんは私の髪をクシャリと乱した。
手すりから身体を離してそのまま私の横をすり抜け、非常階段のドアノブに手をかけて肩越しに振り返る。
兎川さんの黒い目がイタズラっぽくキラリと光った。
「特訓すんだろ。スパルタだから覚悟しとけ」
そんなセリフと不敵な笑みを残し、ドアを引いて建物の中に戻っていく。
私は彼の指が乱した髪に触れ、それを丁寧に何度も整えた。
「す、スパルタ……」
半ば強引に決定された週末の特訓の約束を思うと、心臓がドキドキと音を立てながらギューッと縮んでいくみたい。
兎川さんて、なんであんなに偉そうなの。
しかもそれが様になるところに、みんなを従わせちゃう王様の貫禄がある。
そして私は、これからあの王様の餌食にされるのだ。
私の胸を震わせる緊張は、砂糖をふりかけられたみたいになんだか甘い香りがする。
私はスカートを巻き上げる爽やかな風を肺腑いっぱいに吸い込んで、深呼吸を繰り返した。
たっぷり5分時間を置いてから、動揺が落ち着いたことを確認して私もビルの中へ戻る。
冷房の効いたエレベーターホールは日の光に火照った頬をすぐに冷ましてくれて、私をホッとさせた。