強引上司がいきなり婚約者!?
私は呆然とそのがっちりした背中を見送り、強引に渡された手の中の名刺に視線を落とした。
それは私が持っているのと似たデザインのもので、朝比奈ホームの社員が共通して作る名刺だ。
「えっ」
まだ作りたてでピカピカの名刺に記された名前を見て、私は目を丸くする。
【専務取締役 朝比奈 一志(あさひな かずし)】
驚いて顔を上げたけれど、もう廊下の先に彼の姿は見当たらなかった。
私は慌ててさっきのやり取りを思い返し、酷い失礼がなかったか頭の中で確認する。
普通は会社の役員の顔くらい覚えておくべきものだけど、彼はつい1週間前の株主総会で突然専務への就任が決まったのだ。
それまで大手住宅会社にいた彼を、祖父である朝比奈会長が呼び戻したのだとか。
好実曰く「権力も容姿も実力も揃っていて、仕事もはやいが手もはやい」らしい。
「あれがウワサの御曹司」
私は呆気にとられて呟く。
役員が利用するフロアは主に最上階の8階だ。
丹尾部長になにか急用でもあったのかな。
それから迷った末に専務にいただいた名刺をとりあえずお財布の中にしまい、急ぎ足でコンビニへ向かうことにした。