強引上司がいきなり婚約者!?
一、乙は甲の秘密の婚約者となる
面倒な契約を結んじゃったなと、今では思ってる。
婚約者のフリをするなんて、兎川さんのことをなんとも思ってなかったから引き受けられたんだ。
突然ぎゅっと距離が縮まったら、私は勢いに任せてそのまま彼の腕の中にまで引き寄せられてしまいそう。
それを防ぐには彼の目の届くところから逃げ出すしかないんだけど、あの契約を解消しない限りはこれもできない。
動き出してしまったら、ブレーキをかけるのって難しいんだ。
「ん、なかなか上達したな」
お昼休みの非常階段、恒例の密会。
ふたりの手の中にはちゃんとお弁当箱があって、中身も我ながらカラフルで上出来だと思う。
「兎川さんのおかげです」
私は甘口のだし巻き卵(兎川さんの好物その2)を頬張りながら、上機嫌に言った。
営業部のフロアのある5階から少し階段を下りて、踊り場に腰を下ろし、肩を並べてお昼ごはんを食べる。
兎川さんは社内で昼食を取れないことも多いから、週に一度か二度って程度だけど。
最初の頃はメールを受け取るのすらびくびくしてたのに、今ではこの時間を待ち遠しいと思っちゃう。
兎川さんのほうもあれから婚約者の存在を疑われることはないみたいで、私たちの作戦は大方うまくいってる。