強引上司がいきなり婚約者!?
はやく隠れたい一心で足が空回り、階段の縁に細いヒールが引っかかる。
一瞬バランスを崩すと、踵がそのままずるっと落ちた。
「わっ」
お弁当箱を胸に抱えたまま、背中が重力に引っ張られていく。
目を丸く見開いて、身体を緊張させる暇もなく、両足が床から浮いた。
だけど私の背を受け止めたのは優しくて、あたたかくて、力強い腕だったから、私はピシッと固まって息を止める。
控えめな甘い香りが私の身体をぎゅっと包み込んだ。
「あっぶねーな」
私を後ろから両腕で抱きしめた兎川さんが、子どもを叱りつけるみたいに怖い顔をする。
真剣な黒い目に至近距離で見下ろされて、こんなときなのに、私の顔は隠しようもなく茹で上がってしまった。
「ご、ごめんなさい」
とりあえず謝ってはみたものの、もうどうしたらいいかわからない。
初めて感じるスーツ越しの胸が思った以上にたくましくて、しなやかな腕に捕まえられたら、身動きひとつできなくなってしまったから。
放心状態で真っ赤になっているはずの私を見て、兎川さんが呆れたように微笑む。