強引上司がいきなり婚約者!?
「お前ってほんと、そういうとこあるよな。ときどき不意打ちで抜けてるから目が離せない」
私、兎川さんの前でそんなにヘマしてるっけ。
慌てて記憶を辿ってみたけれど覚えがない。
でも今はとても反論できる立場ではないので、おとなしく口を閉じておいた。
兎川さんは私をその場にしっかりと立たせる。
「ほら、転けるなよ」
それから完全にのぼせきってる私を心配したのか、私の右肘のあたりを掴んでゆっくりと階段を上り始めた。
心臓が耳の横にあるんじゃないかってくらい、ドキドキとうるさく鳴っている。
私は自分のつま先をジッと見つめて一歩一歩足を運んだ。
もう絶対、踏み外さないように。
きっと耳までりんご色の恥ずかしい顔を、なるべく彼に見られないように。
5階までたどり着くと、兎川さんは私をドアのほうへ押しやってサッと手を放す。
「他の誰かに会う前にその顔なんとかしとけ」
ちょっといたずらっぽい声でそう言いながら、階段の手すりにゆったりと身体を預けた。
その仕草とか、声の調子とか、きっと兎川さんには私の顔が赤い原因もばっちりバレちゃってるんだろうなって思わせる。
振り返ってなにかを言い返すなんてできなくて、私は非常階段のドアノブに飛びついた。