強引上司がいきなり婚約者!?
考えられる可能性はふたつだ。
兎川さんが天然の女タラシで、私のこともなんとも思ってなくて、条件反射のように相手を惹きつけずにいられない人か。
もしくは、なにもかもが企てられたもので、この恋人契約も、私が彼を好きになっていくのも、全部兎川さんが仕掛けた罠か。
……でも、なんのために?
いつもより早歩きでエレベーターの前を通り過ぎようとしたとき、ドアが静かに開いた。
私は何の気なしにそちらにチラッと目を向ける。
エレベーターの中にいた背の高い男の人は、腕時計を確認してから顔を上げ、私に気がつくと形のいい眉を持ち上げた。
獲物を見つけた猛禽類のように、目が鋭く光る。
「志帆ちゃん、みっけ。俺、名刺渡したよね? 連絡待ってたんだけど」
彼はにっこりと笑ってエレベーターを降りると、ごく自然に私のすぐ側に立った。
朝比奈専務に関して言えることは、彼の場合天然でもなんでもなく、どんな女性に対しても軟派な態度らしいってこと。
硬派な兎川さん(婚約者がいるんだから当然)と人気を二分して、就任してから数週間足らずで女子社員のウワサの的だ。
「こんにちは、朝比奈専務」
私はさり気なく半歩下がって距離を取った。