強引上司がいきなり婚約者!?
キョトンとして顔を上げると、ニヤニヤと笑った蒼井さんがパッと私の両手を離す。
それからもう一度私にお礼を言うと、駆け足で兎川さんを追いかけ、彼の肩に腕を回した。
私の方を視線だけで振り返ると、不器用に片目をつぶり、兎川さんの横顔に話しかける。
「拗ねるなよ。小枝さん、思いつめた顔して倒れそうだったから」
「どこに目つけてんだ、お前。俺は別に拗ねてない」
兎川さんはうっとうしそうに蒼井さんの腕を振り払おうとしているけど、後ろから眺めているとただじゃれ合っているだけにも見える。
やっぱり仲良しなんだな、ふたりって。
頭の中はぐるぐる回って今にもパンクしそうだけど、兎川さんの後ろ姿を見ただけで頬が緩むんだから、もう手の施しようもないほど重症なのかもしれない。
わかってる。
兎川さんは私に時間をくれてるだけで、このままいつまでも逃げ回ってるわけにはいかない。
変わったのは私だ。
兎川さんが変えてしまった。
今の私はもう、兎川さんのつくった【社内恋愛法度】を守れない。
解雇を言い渡されるよりも、辞職したほうが傷は浅くすむってやつだ。
蒼井さんたちの後ろ姿がそのままオフィスへ消えていくと、私はフッと息を吐き出して、ロッカールームへと急いだ。