強引上司がいきなり婚約者!?
一、好きな相手ができたら関係を解消する
「小枝」
その日の午後、定時の1時間前になって兎川さんが私を呼んだ。
彼は午前中の早い時間から社外に出ていて、帰社してすぐに私のところへ来た。
おかげで今日はお昼の密会もないと思って油断していた私は、好実に不審な目を向けられるほど大袈裟に驚いてしまった。
デスクから顔を上げ、くるりと振り向くと、唇の端を片方だけ歪ませた兎川さんが側に立って私を見下ろしている。
笑ってる。
絶対おもしろがってる。
そりゃそうだ。
だって私の反応って、いたずらを見つかって叱られる前の子どもみたい。
「はい。なんでしょう」
私を努めて平静な顔を心がけて、椅子に座ったままネイビーのスーツ姿の兎川さんを見上げた。
兎川さんは笑いを引っ込めるように一度だけギュッと口を一文字に引き結ぶと、スイッチを押されて切り替わったみたいに、いつもの主任の顔になった。
見惚れるほど整っているけど、いたずらっぽい笑顔もするなんて想像もできないような完璧な彼。
「金森さんとこの契約書、つくってあるか?」
「はい、いつも通りに」
私はコクリと頷いてパソコンを操作し、作成してあった契約書を画面に表示した。