強引上司がいきなり婚約者!?

シンと静まった廊下をエレベーターホールに向かって歩いていくと、反対側からこちらに向かってくる人がいた。

兎川さんだった。


彼は携帯を握りしめてしかめ面をしている私を見つけると、笑いをこらえるように唇を引き結ぶ。


私は手の中の携帯と目の前に歩いてくる人とを見比べた。


メールをするよりも、直接本人に言ったほうが手っ取り早い。

それはわかってるのに、私はまるで陸に上げられた魚みたいに為すすべもなく口を開けたり閉じたりしていた。


兎川さんは手の届く範囲までくると、持っていたミルクティーの缶を差し出す。


「ほら」


当たり前のように手の中に押し込められて、思わず勢いで受け取った。

それから私にお礼を言う隙も与えず、もうほとんど誰もいないオフィスに足を向けながら言う。


「下で待ってろ、すぐ行く」

「えっ」

「そろそろ話くらいさせろ。送ってくから」


兎川さんは私が反論するなんて考えてないみたいに(もしくは断るなんて許さないっていうように)、サッと背中を向ける。


私は一度だけギュッと目をつぶり、もらったミルクティーに視線を落とした。


別に、こういうのって初めてじゃない。

付き合ってたわけじゃないんだし、藤也のときに比べたらもっと傷も浅いはずでしょ?
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