伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約


あれから、もう一年が経つのね……。

テーブル上の、空になった食器をクレアはぼんやりと見つめた。

彼女は朝早く出掛けて行き、帰った頃にはもう日が暮れているので、基本的にこの屋敷住人とは生活のリズムが違う。

なので、食事はいつも一人だったし、たまに店が休みの日も、屋敷内を自由に動き回ることは許されず、この寂しい部屋で本を読みながら一人で過ごしたり、少しでもメイド達の仕事の負担を減らしたくて、自分の部屋は自分で掃除するようにしていた。

庶民暮らしが長いこともあり、掃除はむしろ自然な行いとして、彼女の中に定着していたので、特に苦にはならなかった。

時々、父である伯爵が部屋に招いてくれて、クレアの母との思い出話を語ってくれたり、彼女も父の知らない自分の幼少期の出来事を話したりと、父と娘として、これまでの空白の時間を埋めるように、共に過ごした。

相変わらず、夫人の態度は冷たかったが、クレアは伯爵に愚痴や文句を言ったことはなかった。

言ったところで、夫人がしらを切るかもしれないし、余計に自分への風当たりが強くなるかもしれない。それに、自分の存在のせいで、この家に波風を立てたくなかった。



……食器、片付けなきゃ……。

クレアは立ち上がった。メイドが置いていった銀色のトレイに食器を載せ、それを持ったまま部屋を出る。

本来なら、時間を見計らってメイドが取りに来るのだが、これもまた、自分のことは自分でするのが身に染み付いてしまっているクレアは、いつの間にか、食器をさげるのも、自分の日課となっていった。

それに、一人だけ食事を別にしてもらって使用人の手をわずらわせているのに、更にこれ以上用事を頼むなど、申し訳ないような気がしていたからだった。

クレアが長い廊下を歩いていると、階段の近くに誰かが立っているのが見えた。

見事なブロンドの巻き髪と青い瞳の少女だ。

レースをふんだんに使った、可憐なドレスに身を包んでいる。クレアの、地味で質素な服とは対照的だ。

クレアは少し困惑した表情を浮かべたが、歩みを止めることなく、進んでいく。

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