伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
クレアが黙ってその横を通り過ぎようとした時。

その金髪の少女の可愛らしい口から、嫌味な言葉が飛び出した。

「自分で運ぶなんて、使用人と同じね」

「……」

クレアは内心、ため息をついたが、

「……こんな所で、珍しいわね、ヴィヴィアン」

そう言って冷静な態度を崩さず、そのまま階段を下りていく。

すると、ヴィヴィアンと呼ばれた少女は、不機嫌そうに片方の眉を吊り上げた。

「気安く、呼び捨てにしないでちょうだいっ。私はあなたを姉だなんて思ってないんだから!」

ヴィヴィアンは伯爵と夫人の間に生まれた子で、クレアの二歳下だ。つまり、異母妹にあたる。

……姉だと思ってない、ね……。

それは、こちらの言い分よ。私もあなたを妹だとは思ってないわ。

クレアは心の中で呟いただけで、口には出さない。

彼女がそう思うのには、もちろん理由がある。

ヴィヴィアンも母親同様に、クレアを見下している。夫人は冷たい態度を取ったり、クレアの存在を無視したりするが、ヴィヴィアンはそれに加え、暇潰しでもするように、時折、クレアを見付けては、何かと嫌味を言ったり、わざと傷付けるような言葉を浴びせたりするのだった。

ここに来てからというもの、それが日常茶飯事となっている。最初の頃は、クレアもいちいち傷付いて、泣きそうになったことも何度もある。でも、そうすると向こうは余計に面白がって、さらに仕打ちがエスカレートするだけだと分かった今は、なるべく相手にしないことが最善の策だった。

だが、そうした彼女の平然とした態度が気に入らなかったのか、ヴィヴィアンはやや声を荒らげて、階段上からクレアの背中に向かって、言った。

「大きな顔しないで! 愛人の子のくせに!」



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