伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「……え……」

クレアが短く声を上げた。しばらく間が空いて、クレアは少し考えている様子だった。

もっと慌てふためくのではないかと思っていただけに、その静かすぎる反応に、ライルは少し不安になった。

ちゃんと伝わったのかどうか。

「……あの……」

すると、クレアが申し訳なさそうに口を開いた。

「ご、ごめんなさい……私がアンドリュー様と親しげにお話したせいで……。ライル様に嫌な思いをさせてしまっていたなんて、気付きませんでした……。ずっとご兄弟みたいに仲がよろしかったんですものね。お二人の中に、突然、私なんかが入ってきたら、気分を害されて、当然ですよね……」

話の雲行きが怪しい。

「……待ってくれ、クレア……」

「私、ライル様から、アンドリュー様を取ろうなんて、思ってませんので、安心して下さい!」

涙を拭いて、真剣な眼差しで見つめてくる。

「……」

やはり、とライルが目を丸くして、呆気にとられた。

伝わっていなかった。

ライルは小さくため息をついた。彼女が色恋沙汰に慣れていないとはいえ、ここまで鈍いとなれば、かなりの重症だ。

それとも、激しい口付けから解放されたばかりで、その時の動揺が尾を引き、思考が正常に戻っていないのか。きっと、その解釈の方が正しい。

ともかく、クレアのペースに合わせて、と考えていたのは間違いだったのかもしれない。これでは、この先何年かかるか、分かったものではない。

これからはもう遠慮は無用だ、とライルは決意した。


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