伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
クレアは振り返りもせず、肩をすくめた。

……ほら、来た。

言うことも母親とそっくりだ。

「今はお父様の慈悲でここに置いてあげてるだけだってこと、忘れないでよね!」

……慈悲ね……。

ヴィヴィアンの中ではそういう解釈になっているらしい。

「デイヴィッドが当主になったら、あなたなんか、すぐに追い出してやるんだから!」

階段に、お嬢様らしからぬヴィヴィアンの大声が響き渡る。

デイヴィッドというのは、ヴィヴィアンの3歳下の弟で、アディンセル伯爵家の長男だ。

金髪と青い目は母親譲りでヴィヴィアンとそっくりだが、いつも気の強い姉の言いなりで、自分に自信がなく、母と姉の陰に隠れているような少年だ。

だが、実際デイヴィッドが当主になれば、家族に逆らえない気弱な少年は、直ちにクレアを屋敷から追い出すだろう。父の容態を考えると……不謹慎だが、それは遠い未来ではないのかもしれない。

……もし、そうなったとしても、私にはお店があるし、元の生活に戻るだけだから、別にいいんだけど……。

突然放り出されて、途方に暮れるという心配はない。クレアは改めて、母親に感謝した。

「ちょっと、何か言いなさいよ!」

ヴィヴィアンが叫ぶ。クレアが、困った素振りも見せないことが、さらに癪に障ったらしい。

はぁ……、とクレアはしぶしぶ振り返って、

「話すことはないわ」

そう答えた時、ヴィヴィアンと視線がぶつかった。


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