伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
ライルの口調は淡々としていて、抑揚も無く、何の感情も読み取れなかった。

あえてそうすることで、ライルはギリギリのところで耐えているのではないか、とクレアは感じた。

その心情を思うと、辛くて胸が苦しかった。でも、涙を流していいのは自分ではない。今、辛い過去を思い出して崩れ落ちそうになっているのを必死にこらえているのは、間違いなくライルだから。

「父もまさか、こんなことになるなんて、想像してなかったと思う。毎日、医者から決められた量の薬を管理して、母に渡していたのは父だった。それでは、致死量には及ばない」

「……じゃ、なぜ……?」

クレアは震える声で尋ねた。

「母は、飲むフリをして飲まなかった数日分を、隠し持っていたらしい。父が後で部屋を調べたら、隠していた痕跡が見付かったそうだ。そうまでして、母は自分の命を終わらせることを考えていたんだ。それほどまでに、追い詰められていた。……息子の俺のことを忘れるくらいに」

ライルは辛そうに息を吐き出す。

「その時に、これまで父が俺を避け続けていた理由が分かったんだ。母を思い出すのが辛かったんじゃない。……父は、母に似た俺を見ないことで、自分が母を死に追いやったという現実からずっと、逃げ続けていたんだ」

彼の静かな怒りと悲しみが、クレアの心にも流れ込んでくる。

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