伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
やがて沈黙を破るように、ライルは再び口を開いた。
「父の死後、話の信憑性を確かめるために、俺は母の主治医だった人物を探して訪ねた」
医師には本来、守秘義務があるが、ライルがその息子だと分かると、その主治医だった人物は正直に母親の死因を語った。
「父の話の内容と一致していた。当時、父に口止めされて、偽の死亡診断書を書いてしまった、と」
身内に自ら死を撰んだ者が出たとなると、名門貴族の汚点になる。当主として、ライルの父親は母親の死因を隠蔽することを選んだ。
「本当は、母の最期の顔が綺麗すぎて、心臓発作なんかじゃない、と薄々感じていたけど……子供の俺は怖くて聞けなかった。聞いたところで、父は嘘をつき通していただろうけどね」
ライルが力なく、自嘲気味に微笑む。
その表情には、母親の苦しみを見抜けず、救うことも出来なかった自分の非力さを責める後悔の念が浮かんでいるようで、クレアの胸の奥がキリリと痛んだ。
「その医者は、長年その事を申し訳なく思っていたみたいで、俺にずっと頭を下げ続けてたよ」
社会的地位を利用して、そうさせたのはライルの父親だ。恨むつもりはない、とライルは言った。
「それと、母の世話をしてくれていたのは家のメイドではなく、病院から遣わされた看護婦だったことも、その時知った」
「……その方にも……お会いになったんですか……?」
「いや……その女性は母の死後、仕事を引退して、田舎で息子夫婦と一緒に暮らしていると聞いた。一度礼を言いたいと思ったけど、俺が突然訪ねていって、穏やかな暮らしを邪魔したくないと思った」
母親の事が原因で仕事を辞めたのだとしたら、きっと、それは良い思い出ではないのかもしれない。
「思い出させるのは申し訳ないと思ったんだ。その人が、今、幸せであるならそれでいい、と……そう思って、訪ねなかった」
そう語るライルの横顔は、先ほどよりは少し、穏やかさを取り戻しているように見える。
母親の死の真相を知り、打ちひしがれている中でも、他人の幸せを願ったライルは、やはり昔から優しい人なのだと、クレアは感じた。