伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「君にひどいことをして……さらにこんな暗い話をして、悪かったね」

ライルがようやく、クレアの方を向いた。先ほどまでの虚ろな眼差しとは違い、その緑の瞳には光が宿り、ちゃんとクレアの顔を映している。

「……いいえ、そんなこと……」

クレアは首を横に振った。

「……それより、私のような者が、そんな大事なお話、耳に入れてもよろしかったんでしょうか……?」

「君だからこそ、話そうと思ったんた。最後まで聞いてくれて、ありがとう」

「……ライル様……」

「もう父はいないし、恨み言を言うことも出来ない。俺はその代わりに心に誓った。この伯爵家を父の代よりももっと栄えさせる。事業を拡大し成功させ、父を見返してやる、と」




……あ、それって……。

『ライルの父親が亡くなってから、急に大人びて、たまにしか会えなくなったんだ』

クレアはアンドリューの言葉を思い出した。

それは、ただ単に当主としての自覚が芽生えたのではなく、父を越えることでしか、胸の奥に沈む恨みを晴らせないという、当時十五歳の少年の決意の表れでもあったのだ。


「……アンドリュー様は、その……ライル様のご家族のことや……お母様のことは、ご存じなのですか……?」

「母の本当の死因は、教えてないんだ。……早くに母を亡くして、さらに父とも不仲だったから、俺には幸せな家庭を築いてもらいたい、と思っているんだろう」

「……アンドリュー様は、とてもライル様のことを思ってらして……お優しい方ですね……」

「ああ……そうだね」

「ライル様、アンドリュー様と仲直りして下さいね?」

「え……?」

< 124 / 248 >

この作品をシェア

pagetop