伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「……あの、私……まだ……」

何と言っていいか、口ごもってしまう。

「分かってるよ。よく考えて答えを出してくれたらいいから。俺は待つよ」

「……即答出来なくて……お気を悪くされていませんか……?」

遠慮がちに尋ねると、ライルは微笑んで首を横に振った。

「まさか。そんなこと少しも気にしてないよ。俺は、そんな思慮深い君にも、惚れてるんだから」

「……」

思慮深いわけではない。

ただ、臆病なだけだ。

でも、ライルのそばを離れたくない。



自分は欲張りなのだ。





「そろそろ、夕食の時間だね。ローランドが探しているかもしれない」

ライルがすっかり夕陽色に染まっている窓の外を見て、言った。

クレアは、自分の服装を確認すると、「あっ」と小さく声を上げた。

「……私、こんな格好のままでした。晩餐用のドレスに着替えてきます」

まだ午後のドレスのままだった。

貴族の婦人や令嬢は、時間や場面に合わせて、一日に何度も着替えをするのが習慣なのだと、ブラッドフォード邸に来て、ジュディに教わって初めて知ったものだ。

今の自分の姿を鏡で見てはいないが、きっと髪も乱れているに違いない。

クレアは急いでライルの寝室を後にした。

廊下を進みながら、考える。





……いつか、誰からも認められるような、ライル様に相応しい女性になりたい。

そして自信がついたら、ちゃんと自分の口で、気持ちを伝えたい。



……この溢れそうなほど、愛しい想いを……。



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