伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
守りたいもの
翌朝。
長い髪を左右三つ編みにし、普段の外出着姿のクレアは、店に向かう途中の馬車に揺られながら、ぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。
だが、いつもの見知った風景なのに、今どの辺りを走っているのか、少しも認識出来ていない。
頭に浮かぶのは、ライルのことばかり。
昨日、晩餐用のドレスに着替えて、今後どんな顔をしてライルに会えばいいのだろうかと、戸惑いなから食堂へ向かうと、彼はいつもと変わらない様子でクレアを迎えてくれた。
それが彼の優しい気遣いであることは、すぐに気が付いた。
食事が終わると、ライルは部屋まで送ってくれて、いつもと変わらず、おやすみのキスをクレアの頬に落とした。
これまで、それは婚約者の演技の一部で、儀式のようなものだとクレアは自分に言い聞かせてきたが、告白を聞いてから、軽いキスにも意味が込められているのかと思うと、恥ずかしくて落ち着かなかった。
そのため昨晩はすぐに寝付けず、さらには太陽が昇る前に目覚めてしまった。
朝食の時間に階下に行くと、ライルは今しがた外出したところだった。
朝、会ないのは寂しいが、少しだけホッとした。いつもより睡眠不足で、ずっと小さなあくびが出てくる始末だ。こんな自分を見られたくなかったし、心配も掛けたくなかった。