伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
朝食後も、クレアの心は上の空だった。
ジュディが話しかけても、「ええ……」とか「そうね……」といった相づちが返ってくるばかりで、ジュディは何やら『お疲れ』の様子のクレアを心配していたが、使用人の自分が余計なことを聞くことは出来ないと、黙ってクレアの向かいの座席に座っていた。

やがて、馬車が緩やかに止まり、店近くの定位置に着いたことにクレアは気が付いた。

馬車を降り、石畳の道をジュディと並んで歩く。

「何だか雨になりそうな天候ですね」

ジュディの声にふと顔を上げる。

「あら、本当……」

どんよりとした暗い灰色の雲が空一面を覆っていた。

雨が降るなら今日の客足は期待出来なさそう、
と思った時。


路地の角から一人の中年女性が、勢いよく飛び出してきた。

「あっ、クレア！！」

クレアの顔を見ると、大声で手を振りながら走ってくる。

「ハンナさん、おはようございます」

その女性は近所のパン屋のおかみで、クレアとは小さい頃からの顔馴染みだ。

「もうそろそろ来る頃だと思ってたよ、のんきに挨拶してる場合じゃないよ！」

「え、何かあったんですか？」

ハアハア、と息を整えながら、ハンナはクレアの手を引いた。

「とにかく早く来て……あんたの店が大変なことになってるんだよ！」

「えっ！？」

クレアはジュディと顔を見合わせると、すぐに店へ向かって走り出した。

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