伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
しばくすると、ルオント警察の制服警官が数人やって来て、現場の状況確認が始まった。
昨日は休店日だったのでクレアには分からなかったが、遅くまで営業している近くの商店の主人の話によると、帰宅時にクレアの店の前を通った際、特に変わったところは無かったという。
そして、東の空が白み始めた今朝早く、通行人によって、店の惨事が発見されたのだ。
この辺りは、メイン通りから外れているため、深夜は人通りもなく、ひっそりとしている。
その間に外部からの侵入した、何者かによる犯行だった。
両隣の店は被害もなく無事で、クレアの店だけが狙われたことは明らかだった。
商品はめちゃくちゃに引っ掻き回されていたが、売り上げ金などの金銭は毎日クレアが持ち帰っていて盗まれた物が無かったことは、不幸中の幸いだった。
警官は一通り、被害状況や現場などの事情聴取を終えると、これから捜査を始めるということで、帰っていった。
だが、怪我人などの被害者が出たわけではないので、警察がどこまでこの事件を追ってくれるかは不明だった。ただの嫌がらせによる犯行として、片付けられてしまうかもしれない。
「……クレア、本当は朝一番に、あんたに知らせたかったんだけど……皆、引っ越し先を知らなくてね……ごめんね」
「いいえ、そんな……警察に連絡して下さって、ありがとうございました」
クレアは、自分の身分が変わったことで周囲からの接し方が変わってしまうことを懸念して、アディンセル伯爵家に引き取られたことも、ブラッドフォード邸に移ったことも、近所の誰にも知らせていなかった。
ここで店に立つ時は、今まで通り、『町育ちのクレア』でいたかったのだ。
「……」
クレアは、足の踏み場もないほど茶葉や物が散乱した店の中を進み、奥の部屋からほうきを取り出して、無言で床を掃き始めた。