伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
『クレア嬢が社交界デビューの前だということは、存じ上げています。今後のため、場の雰囲気に慣れることも必要でしょう。
今回の舞踏会が良い経験になることを祈っています。

シルビア・コールドウィン 』



……レディ・シルビアから、直筆の手紙……!

伯爵夫人は、手紙を持ったまま、しばらく呆然としていた。


シルビアとは、先代のコールドウィン侯爵の奥方の名前である。

息子が爵位を継ぎ、肩書きは侯爵夫人ではないが、高齢のため表舞台から退いた今でも、一族の決定権を握り、政治家にも顔が広く、最近まで国王と王妃の相談役まで務めていたという人物だ。

レディ・シルビアの愛称で呼ばれ、貴族社会でこの名を知らない者はいない。

夫人は、社交界にデビューしていないことを理由にクレアの出席を辞退するつもりだった。

しかし、それはもはや使えない。

そもそも、クレアを社交界に出すつもりなど毛頭無く、手紙に書いてあった『今後』など、絶対にあり得ないことだと思っていた夫人は、額から汗が出そうなほど、当惑した。

もし、他の理由を付けて辞退したりすると、返ってレディ・シルビアの機嫌を損ねてしまうかもしれない。

まるで命令に背く反逆者のような心境だ。

夫人は、しぶしぶクレアを呼び、このことを告げた。

クレアは驚いたが、それ以上に喜びの方が大きかった。ただし、パーティーに招待されたことが、ではない。

シルビア様に、またお会い出来るかもしれない……! お元気でいらっしゃるかしら……。


実は、クレアは以前にシルビアに会ったことがあるのだ。



それは約半年前の、冬の日――。



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