伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
その日は、朝から底冷えのする寒さだった。

クレアはいつもと同じように店に出ていた。

昼になっても、空には薄い雲が太陽の光を遮り、いつ雪が降ってもおかしくない天候だった。

客足も途絶え、雪で帰れなくなっても困るし、今日はそろそろ閉めた方がいいかもしれないと思い、外の様子を見に入り口のドアを開けた時。

店の外壁に片手を付いて、下を向き、今にも崩れ落ちてしまいそうな、黒い帽子とコートの老婦人を見付けた。

「大丈夫ですか!?」

クレアは慌てて、駆け寄った。

その女性は顔を上げて、少し驚いたような表情をしたが、すぐに弱々しい笑顔を向けた。

「……大丈夫よ。ごめんなさいね、びっくりさせてしまって……」

女性はそう言ったが、顔は青白く、生気がない。

「あの、よろしかったら、中で少し休んでいかれませんか?」

見た感じ、全然大丈夫そうではないし、放っておくことなど出来ず、クレアは言った。

「……え、でも」

「今日は冷えますし、中の方が暖かいですから」

戸惑う女性の体を支え、クレアは店に連れて入り、物置と休憩場所を兼ねている小さな奥の部屋へ案内した。

椅子に座らせ、膝掛けで女性の体を包み、前のテーブルに温かいハーブティーの入ったカップを出してすすめた。

「ありがとう」

女性はかぶっていた帽子を取り、優雅に微笑んだ。髪の毛は真っ白だが艶があり、気品を漂わせている。

クレアは、女性が身に付けている帽子も、黒いコートも上質なものであることに、初めて気付いた。

一体、どこの貴婦人なんだろう……。



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