伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
……それに、全身黒ずくめで……まるでお葬式みたいな……顔色も悪かったし……。

クレアは気になったが、さすがにそれは聞いてはいけない。

やがて、老婦人は飲み終わると、カップを静かに置いた。

「ありがとう。お陰で落ち着いたわ。お仕事の邪魔をして、ごめんなさいね」

「いえ、そんな……」

「ここ、あなたが一人でやっているの?」

「はい」

答えた後、クレアは急に恥ずかしくなった。自分で連れてきたのに、高貴な人をこんな狭い部屋に案内したことを申し訳なく思った。

「そろそろ、行くわね」

老婦人は、多くは語らず、立ち上がった。先ほどより、足元はそんなにふらついていないようだ。

「ありがとう。お世話になったわね」

「そんな、私は何も……。それより、お一人で大丈夫ですか?」

「ええ、大通りに馬車を待たせてあるの」

「では、そこまでお送りします」

「いいえ、これ以上は迷惑を掛けられないわ。あなたもお仕事があるでしょう?」

「いえ、今日はもう店じまいしようかと……」

その時、ドア鈴が鳴って、他の客が入ってきた。

「ほらね」と老婦人は微笑むと、しっかりとした足取りで店の扉から外へ出た。

クレアはしばらく、その後ろ姿が見えなくなるまで、扉のそばに立っていた。


< 18 / 248 >

この作品をシェア

pagetop