伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
Ⅲ
思わぬ知らせ
「ありがとうございました」
軽やかにドア鈴が鳴り、髪を三つ編みにしたクレアが、扉から出ていく客に向けて、元気良く声を掛けた。
事件から三週間。
無事に修復が終わり、クレアが店を再開させてから十日ほどが経過した。商品を置いていた棚やカウンターなどは、ほぼ前と同じ形で元の位置に据え付けられている。窓ガラスや出入口の扉は、ライルの発注通り、以前よりも強度を増したものに取り替えられた。
「店構えも客足も、すっかり元通りになって良かったね、クレア」
そう声を掛けてきたのは、パン屋のおかみのハンナだ。
「ええ。ご心配をお掛けして、すみませんでした」
店を閉めている間、ある程度の客離れは予想していたし、覚悟もしていた。だが、ほとんどの馴染みの客が、以前と同じようにクレアの店に戻ってきてくれた。もちろん、レディ・シルビアも。
……シルビア様に、また会いたいな……。
いつも買い付けにくるのは本人でなく、使用人なので、ずっと顔を見ていない。お元気だといいんだけど、とクレアはいつか会えることを願っている。
「それにしても、こんなに早く修理が終わるなんて、驚きだよ。それに、クレアが思ったよりすごく元気だからさ、皆、びっくりしたっていうか、喜んでたよ」
皆というのは、近所の商店の人々のことだ。
「はい、だって、落ち込んでなんていられないですから。今まで以上に頑張らないと。いつも支えてくれる大切な人のためにも」
「え?大切な人?それって、恋人かい?」
ハンナがニヤリと笑った。クレアは慌てて首を横に振る。
「そんな、違いますっ……この近所の皆さんのことですよ?」
どうだかねぇ、と意味ありげにハンナが腕組みをしてクレアを見つめてきたので、クレアは誤魔化すように、仕入れ表に目を通し始めた。
大切な人とは、もちろんライルのことだ。いつも優しく手を差しのべてくれる彼のためにも、店を続けていきたい。
それに、クレアにはそうしなければいけない理由が他にもあった。借金だ。
幸い、店の損害額と修理代はクレアの予想範囲内だったが、クレアにとっては高額であることには違いなかった。それらを全て、今はライルが立て替えてくれている。だからといって、甘えてはいけない。
いつか必ず返済することを目標に、今日もクレアは店で、仕事に勤しむのだった。
そして、大事なことを忘れていた。