伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「街でもいろんな情報が錯綜していてね。船会社の前も、乗客の家族や野次馬やらで、ものすごい人だったよ。でも、分かったこともある」
ブラッドフォード家の応接間。
戻ってきたアンドリューは、ソファーに腰を下ろすやいなや、口を開いた。その向かいには、ジュディに肩を抱かれ、両手をぐっと膝の上で握りしめたクレアが座っていて、その横にローランドは立っていた。
アンドリューの話に皆、じっと耳を傾ける。
「セントジュオール号が、今朝早く、ブレリエント王国の南の沖で沈没したのは間違いない」
「……っ」
クレアは息を呑んだ。それは、ライルが乗る予定の船の名前だった。
「原因は調査中らしい。幸い、すぐに救助のボートも出されて助かった人も多かったらしいけど、逃げ遅れたり、船内に取り残されたりした人もいて、行方不明者もいるみたいだ」
「……」
クレアはぎゅっと固く目を閉じた。
どうか、ライル様がご無事でありますように--。
「助かった乗客は、救助に来た別の船で次々と南の港に運ばれて、今そこで、身元の確認が行われているそうだ」
祈るようなクレアの表情を見て、アンドリューは安心させるように、微笑んだ。
「大丈夫だよ、クレア。ライルは絶対帰ってくる。あなたの待つ、この家にね」
もちろん、確証があるわけではなかったが、今はそれ以外の言葉が見付からなかった。もちろん、クレアを励ますためだったが、アンドリューも自分にそう言い聞かせることで、不安を取り除こうとした。それは彼だけでなく、ローランドとジュディも同様だった。
「……そう……ですよね……。……私、待ちます……。ライル様は帰ってきます」
クレアは絞り出すような声で言った。
「うん。何事もなかったかのように、フラッと帰ってくるよ」
「はい……。いろいろと、ありがとうございます、アンドリュー様」
悲観的になるのは早い。まだ何も分からないのだから。
クレアは何度も心の中で繰り返した。