伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
男達は、不機嫌そうに顔をしかめる。

「……何だ、この娘は?」

「ライルの婚約者だよ。彼女の言う通りだ。僕達はここでライルの帰りを待っている。部外者は出て行ってくれ」

アンドリューが代わりに答えた。

「婚約者だと……? もしかして、この家の財産を独り占めしようとしているのは、この娘じゃないのか?」

「そうか、それを手に入れて、この若者と一緒になろうとしてるのかもしれないな」

「可愛い顔をして、中身はとんだアバズレだな」

男達は口々に、クレアを罵る。クレアは悲しみと怒りで、身体中の血がたぎるのを感じた。

「いい加減に、その汚い口を閉じたらどうなの!?」

それまで黙っていた夫人が、とうとう怒りを露にした。

「この子はね、本当に辛い思いをしてるのよ!それでも、いつも笑って、健気に愛する人の帰りを信じて待ってるのよ!それを侮辱するなんて、絶対に許さないわ!」

「お前も落ち着きなさい」

子爵は、今度は自分の妻をなだめる。

「だって、あなた……」と、夫人は不服そうに呟いたが、すぐに口をつぐみ、一歩下がった。


「ここにいる娘は確かにライルの婚約者です。しかし、まだ結婚しておらず、配偶者ではないので当然、ライルの財産を手に入れることは出来ない。少し冷静に考えれば、分かることです」

子爵は見下すような冷たい視線を、男達に向けた。

「それなのに、こんなか弱い少女まで蹴落とそうと標的にするなど、いかにあなた方が人としての程度が低いか、これで知れましたな」

「なっ……!」

「イーストン子爵家は今後一切、あなた方とは関わりを持ちません。ライルが帰ってきたら、今回の行動を逐一、報告させてもらいますよ」

「ふ、ふん、強がりを言いおって。出来るものならやってみるがいい。どうせ、帰ってこないのだからな」

男の一人が、負け惜しみのように言う。クレアは完全に頭に血が昇った。

「だから、帰ってくるって言ってるでしょう!? こんなもの、当てにならないわ!」

クレアは手に持っていた行方不明者のリストを、ビリビリと破き始めた。

「あ、小娘、何てことを……生意気な!お前から引きずりだしてやる……!」

怒りにまかせて男はクレアの髪を掴むと、思い切り引っ張った。がくん、と無理やりクレアの首が下を向く。

「きゃ……!」

痛みよりも驚きで、クレアは小さく悲鳴を上げた。

「何をするんだ!離せ!」

アンドリューが慌てて男に飛び掛かろうとした、その時。




「おやめなさい!!」




突如、ここにいない誰かの凛とした声が、玄関ホールに響き渡った。



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