伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
クレアの祈り
朝の静寂に包まれた教会の礼拝堂に、一つの人影が現れた。
祭壇に近い場所に膝をつき、両手を胸の前で合わせ、頭を垂れて一心に祈る。
太陽が昇るにつれ、窓から入る光が礼拝堂の中を照らし、その人影の姿を浮かび上がらせる。
クレアだった。
……どうか、ライル様をお助け下さい……。
信じて待つと心に誓ったものの、あの行方不明者リストを見せられ、それでも不安でないと言えば、嘘になる。
クレアは、いつかライルと一緒に観に行った演劇を思い出した。騎士団長と王女は相思相愛だったが、離れ離れになり、片方は命を落とす。まるで、今の自分達のようだ、とクレアは漠然と思った。と同時に、一瞬でもそんな弱気な感情に陥ってしまったことに、自己嫌悪した。
……私ったら、何を考えてるの……? ライル様は生きてるわ……!
今のクレアに出来ることは、ライルの無事を祈ることだけだった。
クレアは翌日から、礼拝堂に通った。
食事も、ほとんど喉を通らなくなった。昼は食べない。屋敷から一番近い教会の礼拝堂で、朝から夕刻まで、祈りを捧げる。夜はよく眠れない。たとえ翌日睡眠不足でも、朝から教会へ足を運ぶ。
……私はこの先、幸せになれなくても構いません。ライル様と一緒になれなくても構いません。ですから……
……どうか、どうか、ライル様を、無事に帰して下さい……。