伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
真の婚約者の影
「本日の朝食は、お部屋にご用意させて頂いております」
翌朝。ドレッサーの前に座るクレアの髪をブラッシングしながら、ジュディが言った。
「え?どうして……?」
「旦那様のご指示でございます。クレア様はお体がお辛くて、食堂に足をお運びになれないだろうということのようですが……」
「!」
クレアは口から心臓が飛び出そうになった。
……体が辛いって……た、確かに、初めてだったから、緊張したし……まだ体に違和感はあるけど……。でもライル様、いくら私のためとはいえ、そんなこと他の人に言わなくていいのに……!
クレアは顔を真っ赤に染めた。
「旦那様はとてもクレア様のお体を心配なさっていたそうですよ」
「えっ、そ、そう……?」
「はい。安否が分からない間、睡眠不足や食も細くなっていた影響で、体調も崩しやすくなって辛いだろうから、無理をさせないように、と使用人達に仰っていたそうです」
「……へ……?」
クレアの口から、何とも間抜けな声が出た。
「クレア様、お顔が赤いようですが……どこか、体調がお悪いのですか?」
ジュディが心配そうに尋ねる。
「ち、違うの。大丈夫、大丈夫よ。ほら、すごく元気よ」
クレアは慌てて笑顔を作り、ホッと息をついた。
……そういう意味だったのね……。ビックリした……。
数時間前のこと。
明け方、まだ部屋が薄暗い中、クレアは目を覚ました。だが、瞼は重くてなかなか持ち上げられない。それに、普段は少し寒さを感じて起きることが多いが、今朝はやけにベッドの中が温かなことに気付いた。さらには、今まで経験したことのない気怠さが全身を支配している。
しばらく起き上がれずに横たわっていたが、徐々に思考も視界もはっきりしてきて、自分が今、どんな状況にいるのかを理解した。
温かいのもそのはず、クレアはライルの腕に包まれるようにして、ベッドに寝ていたのだ。
……そうだった……昨夜、ソファーに押し倒されたけど、その後すぐ、ライル様にベッドに運ばれて……。そして……。
思い返して、恥ずかしさで顔と体が熱くなるのが分かった。