伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
『……嘘つき……』

ライルの穏やかな寝顔を眺めながら、クレアは呟いた。

……優しく出来ない、って言ってたのに……。

初めての自分に、ライルはとても優しくしてくれた、とクレアは思う。もちろん、比べる相手はいないし、体を突き抜けるような痛みはあったが、クレアの体を無理やり押し拓こうとはしなかった。

以前の経験から、クレアの体など簡単に組み敷けるほどの力をライルが持っていることは知っている。もし、今回そうなっても、自分が望んだことでもあるから、とクレアは覚悟していた。

だが、ライルは自分の欲望のままに事を運ぼうとはしなかった。クレアの心と身体に寄り添い、待ってくれた。何度も押し寄せる得体の知れない大きな波に翻弄され、どうしていいか分からなくなっているクレアに優しくキスをし、抱きしめ、何度もささやいてくれた。

クレア、愛している－－と。




そして、目覚めた今、ライルは確かにここにいる。

夢ではなかった。

クレアは、ライルを起こさないように、そっと唇を重ねた。

『君からキスをしてくれたのは、初めてだね』

その時、ライルが目を開けて言った。

『……っ！ ライル様、起きてらしたんですか……！？』

『うん。君が起きたのが分かったからね。それにしても、嘘つき、って何かな？』

……聞かれてた……っ！

『……えっと……』

言葉で説明するのも恥ずかしくて、クレアはそれ以上答えられなかった。

『……何でもありません……。私、もう部屋に戻らないと……。朝、起こしに来るメイドが、私が部屋にいなかったら、驚くでしょうから……』

それもあるが、自分を探し回られて、ライルのベッドで発見されることの方が恥ずかしい。

クレアはベッドから降り、立ち上がろうとしたが、腰が抜けたように、へなへなと床に崩れ落ちてしまった。

『まだ体が慣れてないんだよ。無理しないで』

ライルはそう言うと、クレアの体を抱き上げて、部屋まで連れ帰ってくれたのだった。


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