伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「ど、どうして……そこまでして、あの人の許しを得ないといけないんですかっ!? 悪いのはあの人なのに……」

「悪いとか、そういうことはどうでもいいのよ。問題は、彼を怒らせてしまったということ」

夫人は、クレアの疑問を軽くあしらうように言った。

「この際だから、言っておくわ」

夫は、ふう、と息をついた。

「アディンセル家も以前はどの貴族にもひけをとらない富と栄華を誇っていたわ。でも、最近はそうとも言えなくなったの。特に旦那様がお倒れになってから、それに引きずられるように家の生計状態も傾いてきてるのよ」

知らなかった。我が家の懐事情が苦しいなんて。だが、それも無理はない。夫人とヴィヴィアンが、たまにドレスを新調しているのを見たからだ。観劇やお茶会にも行っていた。体面を気にしているのか、どうやら、生活のレベルは落としたくないようだ。

「だから、貴族の娘を嫁に欲しがっていて、その見返りに我が家の生活を支えてくれる資産家を探していたの。それがトシャックさんよ。でも、あんな野蛮な男に、大事なヴィヴィアンをやるわけにはいかないわ。あなたは元々、そちら側の人間なんだから、仲良く出来るでしょう? もちろん、持参金も無しでいいと言ってくれているわ」

「そんな……」

クレアは愕然とした。そして、同時に合点がいった。

夫人は、なぜ嫌々ながらも、『愛人の娘』のクレアを引き取ることに同意したのか。

クレアを使える道具として、利用価値を見いだしたからだ。夫人の計画は最初から始まっていた。

そして、トシャック氏もそんなアディンセル家を見下していた。だからこそ、クレアに対してあんな行動に出たのだ。

これでは、身売りと同じだ。

クレアはグッと拳を握りしめた。


< 34 / 248 >

この作品をシェア

pagetop