伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
夫人はピクリと眉を動かしたが、すぐにフフンと鼻で笑った。

「嘘おっしゃい」

「ほ、本当です!」

「では、誰なのか言ってみなさい。納得出来るような、良家のご子息なら、私も諦めましょう。でも、もしその辺の下町の男なら、話にならないわ」

「そ、それは……」

どうしよう……。

結婚相手がいるなんて、嘘だ。でも、今さら引くに引けない。

良家の子息なんて、知らない。知ってるのは……。

クレアの脳裏を、ライルの笑顔がかすめる。

「……ブラッドフォード伯爵……」

無意識に口から出た呟きを、夫人は聞き逃さなかった。

「……何ですって? ブラッドフォード……まさか、ライル・ブラッドフォード伯爵のことじゃないでしょうね?」

「……えっと……」

うっと言葉に詰まる。

それを見て、でまかせだと確信した夫人は、嘲笑うかのように口角を上げた。

「呆れた……よくもまあ、そんな見え透いた嘘が言えたもんだわ。ブラッドフォード伯爵のような方が、あなたみたいなみすぼらしい娘を相手にするもんですか」

すると、



「嘘ではありませんよ」



聞き覚えのある、良く通る若い男の声が緊迫した部屋の空気を、柔らかく包んだ。




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