伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
それから、一週間後。

ブラッドフォード家から迎えが来たのは、薄い水色が空一面に広がった日の、春の陽射しと風が心地よい午後のことだった。

「お父様、行って参ります。これまでお世話になりました。どうぞ、お元気で」

寝込んだままの父に別れの挨拶を済ませ寝室を後にすると、正面玄関へ向かった。

ここへ初めての来た時と同じ、質素な外出着に身を包み、長い髪はいつも通り三つ編みにして、肩から下へ垂らしている。

元々、持ってきた荷物は少なく、この一年で特に増えた物も無かったので、大きめのかばんに全て入りきった。



外に出ると、四頭立ての箱型馬車が待っていた。

御者にうやうやしく礼をされて戸惑い気味に乗り込むと、その扉を閉められ、馬車の車輪がゆっくり回り出した。

誰も見送りに出てこないことは想定内だ。

ここで暮らしたのはたったの一年で、ほぼ店に出ていたし、義母に冷たくされ、異母妹には蔑まれ、良い思い出は無いに等しい。住んでいた部屋を離れるという寂しさは少しあったが、悲しくはなかった。

アディンセル邸がどんどん遠ざかっていく。

揺れる馬車の中で、クレアはライルのことばかり考えていた。

……思えば、あれが私の人生で初めてのキスだった……。

素敵な男性だが、やっぱり勝手に唇を奪われたのは納得いかない。

それに、もし貴公子の皮を被ったケダモノだったら、なりふり構わずに逃げよう……。



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